生成AIが書き起こす記事が増えていっている中、人間が書いている記事の価値はどうなる?

記事とAI
こんにちは、本ブログ記載主のトーターです。
曲がりなりにもブログライター的なことをしている私ですが、同じくブログライターの人ならほぼ間違いなく気になるであろうニュース記事を見つけてしまいました。
私が最近興味を持っているAIにちなんだ、以下の記事です。
外部記事:ネット記事の半数以上はAIが生成?–最新調査で明らかに
見出しを読めば全て察せられますが、そうなんです、ネット上にAIが生成した記事がどんどん増えていって、とうとう人間が書いた記事の数を超えてしまったのです。
記事内には、「現在ネット上にある記事の半数以上がAIによって作成されたもの」「AI生成記事の割合が55%に達し」のようなことが書いてあります。
生成AIが出てきてまだ数年なのに、いくらなんでも早すぎない…?と思ってはみたものの、生成AIに記事を書いてもらうのは規格外に簡単で高速ですので、誰でも記事を起こせる状況になった結果、ものすごい早さで記事が増えていったのでしょう。
なるべくしてなったと言えるかもしれません。
便利な道具としてのAI
さて、そういう状況になってきますと…だんだんと人間がローテクで書いた記事がレアになってくる可能性もあります。
先ほどの記事によりますと、今はまだ「AI生成記事の割合が55%」ということで、人間作製の記事が45%ぐらい、つまりほぼ半分ぐらいあることになりますが、これが進んでいきますと40%、30%、20%…と減っていき、その存在自体が珍しいものとなってもおかしくありません。
なんでしたら、「人間が書いた」とされる記事でも、構成や下書きなどは生成AIがやって人間は仕上げのチェックしかやってないという代物かもしれません。
本当に一から人間が頭をひねって書き起こした文章というものは、ほぼ壊滅状態になるかもしれないのです。
生成AIは超便利ですからね…もう間もなくそうなっちゃうんじゃないでしょうか。
便利な道具は、社会に浸透しますと「使わない方が異端」な感じになりますよね。
デパートの10階に行くのに、エレベーターもエスカレーターも使わず階段だけで行くような人はほとんど存在しないのです。
人間が書いたということ
そうなりますと私のこのブログ、今後はかなりレアということになっていくのかもしれません…!
記事タイトルにも記事内容にも、全く生成AIを使ってませんからね…。混じりっ気のない、生粋の人間産記事です。(サムネイル画像等にAI作の画像を使ったことはあります)
もともとブログを書いている目的の一つが「脳を劣化させないため」ですので、自分自身で文章を頑張って書き上げることこそが目的であり必要な作業でして、生成AIを使っちゃうとそこが崩れてしまうのです。
まあそういう目的はさておき、人間産文章であることは間違いありませんので、もしその点が重要と見なされる価値観が社会に産まれた場合は少々こそばゆいことになるのかもしれません。
ただ問題があるとするなら…、私が書いているような雑記ブログ記事は別に需要面で優れているわけではないのですよね…。
文才に富んでいるわけでもありませんし…。
有名人が書いた文章だったりすればまた違うのでしょうが、そういうのでもありませんし…。
だから今後価値が出るとすれば、その理由は「生粋の人間産であること」しかないわけで、私が生きている内にそこまで世界が変わるのはなかなか難しそうですね…。
100年ぐらい経って人間産記事が全体の 0.01%とかになった時、私の記事がネットの奥底から掘り起こされて物珍しく読まれるのかもしれません。
非効率でも
これは私に限った話ではなく、今現在似たような感じでブログ記事を書いている人とその記事、みんなに当てはまりそうです。
同じ人間ブロガーとして、共に頑張って行きたいですね。
さて、これからも効率を無視して自分の頭で文章を紡いでネットの海に投稿していきましょう。
エレベーターやエスカレーターを無視して階段だけで高層階へ向かうのと同様の感覚で。
それではまた。







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