社会の役に立ちたいという気持ちがあるかないか、そしてそれをどのように表現していくか

社会の役に立ちたいという気持ちがあるかないか、そしてそれをどのように表現していくか

北海道ニュース

こんにちは、本ブログ記載主のトーターです。

アラフィフにもなって衣食住が落ち着いてきますと、自分の事以外の事にも目を向ける余裕ができると言いますか視野が広くなると言いますか、まあすなわち社会の広い部分を気にしたりもするようになってくるとは思います。

ちょっとした社会貢献みたいなものにも興味を持ち始める人が増えてきそうな気もします。

そんな社会貢献的な話を想起させるものとして、気になるニュース記事を見つけました。

 外部記事:【誰が何のために?】公衆トイレの蛍光灯を勝手に“LED化”市内54か所の公園で蛍光灯148本の『無断交換』発覚~発火の恐れもあるとして市が蛍光灯に戻す→警察に相談、情報提供呼びかけ〈北海道札幌市〉

北海道地方の記事なのですが、公衆トイレの古い蛍光灯を「勝手に」LEDに交換した人がいたらしいのです。

本数も148本となかなか大量ですし、そして交換作業も手間でしょうし、やった人は相当の思い入れがあったのだろうなあと推測できます。

社会貢献か

普通に考えますと、私が冒頭で述べました「社会貢献」の意味合いが強いのかなと思えます。

蛍光灯が寿命を迎えつつあって、チカチカしているのもよくありますからね。

すでに寿命を迎えていて完全に消えているのもあったかもしれません。

自治体がそのまま放置しているのを見るに見かねて、社会貢献したいという志が強い人がやってしまったのかもしれませんね。

まあ…そういうふうに何か貢献したいという気持ち、わからなくもないです。

もし私にお金と時間がたくさんあって、住んでいるところの近くの公共エリアに「お金や手作業でなんとかなりそうな危険なポイント」があったとするなら、ちょっとのお金や時間を使ってその危険を取り除けないかという検討をするかもしれません。

実際には、どんな公共的な施設(例えば公園や道路)にもちゃんと管理者がいるはずですので、勝手に足したり変更したりはしませんけどね…。

しませんけど、「何か役に立ちたい」という気持ちは分かるなあという話です。

善意か

…と、ニュース記事を見て最初に心に浮かんだことを書いてみましたが、今回蛍光灯を勝手に取り換えた人が善意からやったのかどうかは不明なままではあります。

もしかしたら悪意によるものだったかもしれません。

当人からの顛末の説明などは当然ありませんので、判断はなかなか難しいところではありますね。

少なくとも行政はそのまま受け取ることはできなかったのではと推測します。(発火云々は別にしても)

じゃあどうすれば良かったのだろうかと考えますと、まずは自治体に改善を要求するとか寄付するとかの方法を思いつきますが、そう簡単には上手くいかなそうな気もします。

もし善意から改善を望んでいた人が自治体に掛け合ってもどうにもならなくて仕方なく今回の行動に及んだとしたら…なかなかやるせないものがありますね。

結局全部のLEDが外されてますし。

しかしながら、今回大々的なニュースになったことで、自治体も蛍光灯交換に動かざるを得なくなるでしょう。

結果的には望んだ形になるのかもしれませんね。

まあそうなってきますと、148本も交換せず、20本ぐらいでも良かったのかもしれませんが…。

…なんてことをつらつらと考えてしまうニュースでした。

それではまた。